Q:遺言書作成のポイントは?

私は今80歳です。前妻との間に2人の息子がおりますが、息子達が子どもの頃に離婚したので、それからずっと一人で生活してきました。
 仕事を定年退職してしばらくした頃、出会った女性(A子)と恋に落ち、それから約20年間A子と内縁関係にあります。訳あってA子とはこの先も籍を入れるつもりはありません。近い将来、私が亡くなった後は、A子に所有している住居をあげたいと考えているので、このたび遺言書を書こうかと思います。息子達とA子は交流がないために私が亡くなった後にきちんと住居を残してやれるか心配です。

 

遺言書を書く上で注意すべきポイントは概ね以下の点と思われます。

①その住居が概ね全財産価値の半分以上に当たらないか?

まず、内縁の妻といえども入籍していない以上、相続権は無いことはすでにご存じだと思います。
 仮に今あなたが亡くなった場合、息子さん達2人が相続人になり、内縁の妻であるA子さんはあなたの財産を相続することはできません。

 

ですので遺言で住居をあげたいとお考えになったと思います。息子さん達には、たとえ遺言に全財産をA子さんにあげると書かれたとしても、一部は相続することができる権利が法律上保証されています。
つまり、遺言があっても、遺された子供には、留めおかれる取り分があるのです。これを「遺留分(いりゅうぶん)」といいます。息子さん達のケースいえば、遺留分は相続分の半分ですから、詳細は省きますが、ざっとあなたの遺産の二分の一は息子さん達とっては、「もらう保証」がされているといえます。

 

一定の場合、息子さん達は、遺留分があるためにA子さんに「遺留分にあたる財産の分を払え」ということができます。この権利は、「遺留分減殺請求権(いりゅうぶんげんさいせいきゅうけん)」といいます。
A子さんが息子さん達から「払え」と言われた時、A子さんがその分の現金を所持していなければ結局住居を売却して払うしかなくなります。
こうならないためにも遺留分を超えないようにA子さんに財産を残すほうがいいでしょう。

 

相続人である息子さん達とA子さんが生前に付き合いがないなどの場合、住居を遺言でA子さんにあげることによって、A子さんが息子さん達から遺留分減殺請求を受けて「払え」と言われる可能性が高くなると思われます。あなたとしては、それでもA子さんに住居を残してあげたいのであればやはり遺言書を書くべきと思います。本来、自分の財産を誰にあげるかは自由です。相続においても同様だといえます。自分の財産なんですから。ただ、その場合には、「払え」と言われた時に備えて生前に対策を講じておくべきだと思います。

 

対策の一つとして生命保険を利用してA子さんに現金を残してあげるという方法があります。生命保険金は相続財産ではないので、遺留分減殺請求の対象にはなりません。つまりA子さんは、生命保険金については、遺留分を気にすることなく受け取ることができ、息子さん達から「払え」と言われた時に備えて現金を確保しておくことができるのです。

②あげる住居をきちんと遺言書で特定できているか。

遺言の効力が生じた後、遺言に基づいて住居をあなたの名義からA子さんの名義に変更する必要がありますが、その手続きにおいて遺言書にきちんと住居が特定できていないと名義変更の手続きが出来ないという危険性があります。実際にあり得た話ですが、遺言書に「東京の家」は長女〇〇に遺贈するとか、「離れの家」は二女〇〇に・・などと書かれているものもあり、客観的から見て「東京の家」とはどこのことか分かりません。

 

このため、遺言書の記載からこれを特定することは困難ですし、詳細を聞こうと思った時にはあなたはすでに亡くなって居ないのです。では、遺言書に記載する住居はどのように記載すればいいのでしょうか。日常生活において、「家」を表すのは住所ですが、不動産の名義変更の手続きにおいては、「所在・家屋番号」で特定しますから、遺言書にはこちらで記載する必要があります。法務局で不動産登記簿謄本を取得し、その登記簿謄本の記載の通りに住居を記載するといいでしょう。

③もらう人をきちんと遺言書で特定できているか。

遺言書を書く上で、全くの他人に財産をあげるというのは考えられないせいか、もらう人をきちんと特定出来ていないケースが散見されます。例えば、もらう人を「長女 〇〇子」と書けば良かったのに「〇〇子」とだけ書いたためにすんなり手続きが出来ないということがありました。

 

つまり、第三者としては、「〇〇子」ってどこの「〇〇子」さんですか?遺言書からこのことが分からないので、手続きできませんよ。ということです。戸籍上の相続人である長女でもそのようなわけですから、今回のケースは内縁の妻であるA子さんをキチンと特定しておく必要があります。例えば「内縁の妻〇田A子(同居中、昭和●年●月●日生)」とか、「内縁の妻〇田A子(本籍 東京都●区・・・、昭和●年●月●日生」などと特定すればいいでしょう。

④遺言の内容を実際に実行する人を選んでいるか。

遺言書は言ってみればタダの紙切れです。法的に有効だとしてもその内容がキチンと実現できなければタダの紙切れであることには変わりはありません。
 遺言の内容、今回のケースでいえば「A子に住居をあげる」という内容を実現できて初めて意味があるのです。今回のケースでいえば、名義をA子さんに変更できなければいけません。

 

法律上、遺言の内容を実行に移すのために働く「遺言執行者」という人を遺言書に記載することができます。遺言執行者がいれば遺言の内容を実現するために動いてくれます。遺言執行者が居ない場合、最悪のケースとしては、住居を息子さん達が自分達の名義に相続による名義変更し、売却してさらに第三者に名義を変更してしまうということがあり得ます。一方、遺言執行者がいれば相続人である息子さん達が勝手にした相続による名義変更、第三者への名義変更を絶対的に無効にすることができますので安心です。

 

流石にそこまでの行為は無いとしても、遺言執行者が居ない場合にA子さんに名義変更をする手続きに関与するのは相続人になるのです。つまり、息子さん達のハンコがないとA子さんに名義変更ができないのです。すんなりハンコを押してくれればいいのですが、すんなりといかない場合には困ってしまいますよね。一方、遺言執行者がいれば、息子さん達を関与させること無く、遺言執行者のハンコで済みます。

 

遺言執行者を遺言書に記載する場合には、信頼できる人にあらかじめ打診をしておくことが必要です。遺言執行者には一定の場合を除いて誰でもなれますが、弁護士や司法書士などの専門家にお願いする方が争いを未然に防ぐという意味において有効でしょう。

⑤遺言書に付言事項を入れる

遺言書には、「A子さんに住居をあげる」とか「遺言執行者を選ぶ」などの法律上効力が生じる事項のほか、遺される息子さん達相続人に宛てた思いのメッセージを書くことが出来ます。これを付言事項といいます。
この付言事項には、息子さん達を法律的に縛る効力はありません。しかしながら、父親であるあなたの最後の思いが込められた言葉であるため、息子さん達に対してインパクトがあり、相続争いを抑制する効果があります。
たとえば、遺言書にこんな言葉が書いてあったら息子さん達はどう思うでしょうか。

 

「〇男、△男(息子さん達の名前)、A子は、私が退職して20年にもわたり一緒に生活し、特に私が体調を崩してからは、寄り添い一生懸命面倒をみてもらいました。A子は、一人寂しく老後を過ごさなければならないと覚悟していた私の人生をすばらしいものにしてくれました。母さんと離婚してからお前達には寂しい思いをさせてしまったことを本当に申し訳なく思います。あんなに小さかったお前達が今では立派に成長して家庭を持ち、とても嬉しく思います。私亡き後、一人になるA子の生活のため、二人で住んでいた家をA子に残そうと思う。お前達には苦労をかけた上でこんなお願いをするのは申し訳ないが、私の意思を尊重し、どうか彼女に家を残すことを許して欲しい。」

 

いかがですか。あなたの思いが伝われば、何も書いてない場合と比べて息子さん達がA子さんに遺留分減殺請求をする可能性は低くなると思いませんか。
 遺留分は権利であるため、息子さん達が権利を行使しないのであればそれでいいのです。また、遺留分減殺請求権は、1年の時効にかかるため、A子さんとしても、未来永劫いつまでも息子さん達からの「払え」の請求にそなえる必要はないのです。

この記事を担当した司法書士

トラスティ藤沢司法事務所

代表

山脇和実

保有資格

司法書士、宅地建物取引士

専門分野

相続・遺言・生前対策・民事信託・不動産売買

経歴

司法書士事務所での10年の経験を経て独立し、トラスティ藤沢司法事務所の代表を務める。「相続は、亡くなった方の思いを推し量ろう」、「相続は、和をもって尊しとなすが大事」、「完全無欠な平等は不可能、遺産分けは互譲が必要」をモットーに、依頼者の内にある悩み要望を推し量り、顧客満足に繋がるよう努めている。また、勤務時代を含めて担当した相続・売買案件は3000件以上に上り、相談者からの信頼も厚い。


サポート料金